夜の電車に揺られながら、楽しむことでしかこの人生を乗り切ることは出来ないんだろうなぁと思った。

同じように、楽しむことでしか見返せない、とも思う。でも、私は絶対に、自分の快楽のために誰かを犠牲にしたくはない。
恋人といるようになって、あいつの気持ちがほんの少しだけ分かる気がしてきた。とても大事なものがあって、でもその大事なものが始終飛び回っていて不安な気持ちがずっと続いたとしたら、目の前に現れたあったかいものにしがみつきたくなるのは当然なのかもしれない。
それでも、その大事なものが大事じゃなくなるわけじゃないから、最後にはすべてが辛くて後ろめたいことになってしまう。あのころの私たちはきっとそんな感じだった。
だから私は、いつか不安が芽生えたとしてもそれを誰か別の人で埋めようとはしたくない。

きっとずっと許せないままだし、決して肯定もできないけど、奈良の広い空とか、日焼けした恋人の手を見てると、過去を悔いるよりも先にしなきゃいけないことがまだまだたくさんある気がしてくる。めんどくさいことも、とりあえず楽しむ努力をするしかない。そのうちほんとに楽しくなるかもしれない。
私はちゃんと生きるよ。できるだけ丁寧に暮らそうとするよ。そうじゃないと、笑顔が一番いいって言ってくれた人に失礼だ。