私はきっと、先輩が生まれて初めてアクセサリーを贈った女だろう。
初めて隣に座って映画を見たり、
初めてお化け屋敷に二人で入ったり、
初めて手を繋いで走ったり、
初めて2人きりでカラオケに行ったり、
初めて朝まで一緒に飲んだ女でもあるだろう。
それを思うと、今でも胸の中心に灯が燈ったようにあたたかくなるし、そのあたたかさが、いまだに生々しすぎて泣きたくもなる。
それでも、先輩が私のことを女として愛していなかった以上、どんなに美しい思い出だって、(私が去ったあとにおそらく現れたであろう)先輩と初めてキスした女や初めてセックスした女には、きっと到底敵わないのだ。
そんなことをふと思って少し悔しくなり、悔しくなる自分にちょっと引く。
私は先輩のことが好きだったから、好きで好きでたまらなくて、心も身体も全部欲しくて仕方なかったから、随分時間がたった今でも、すべてを昨日のことみたいに思い出せる。
見上げた時の顔の角度や、着ていたコートの匂い。
指の形。静かな声。掴まれた手首の感触。
笑い方。穏やかな物腰。きれいな目。うしろ姿。歩き方。
私の話に耳を傾けるために屈んでくれる仕草が死ぬほど好きだったこと。
それが見たくてわざと話しかけたこと。
会うために必死で理由を見つけて、みっともなく足掻いたこと。
一緒に見た景色があんなにも特別に色づいていたこと。
記憶だけは気持ち悪いくらい鮮明だ。
隣に座って見た淀川の花火大会。散らかって汚い部屋。
夏の部室。扉を開けるときのドキドキ。
助手席に乗って走った沖縄。
このまま墜落してもいいのにと本気で思った復路の飛行機。
毎晩飽きずに繰り返したメッセンジャーのやりとり。
開くのが怖くなるほど痛烈だったメールの返信。
着信音は先輩が教えてくれた曲。
画面に先輩の名前が表示されるたびに跳ね上がった心臓。
思い返すとお互いになんて幼い。迷惑だって数え切れないほどたくさん掛けた。その見返りにたくさん傷つけられもした。
瞳をハートにしながら、心もプライドもズタボロになっていくような、全身全霊の片思いだった。
今だったら分かる。
若い女をそんなふうにしてしまう男は大したやつじゃない。でも当時の私はそんなこと心底どうでもよかった。とにかく一緒に、隣にいたかった。なんてったって世間知らずな大学生だったから。
どこまでも自分本位な恋だったけど。追いかけ続けた私が、最後には自分から断ち切って冷たく突き放して、呆気なく終わらせてしまった、不恰好な恋だったけど。
そういう恋が自分の人生に存在したことが、この歳になるとすごくありがたいなぁと思うのだ。
あんな気持ちは、後にも先にもきっともう二度と誰に対しても抱けない。夫にも、親友にも、誰にも話さずに、でもその影響を深く受け続けたまま、このまま抱えて歩いていく。
あの時もらったネックレスは、今も大切に仕舞ってあるよ。もう身につけることは二度とないけど、一生手放さずに持ってるよ。
そういうことを笑って話せるようになるまで、適当に距離を保って一緒にいることもできなかった、器用じゃなかった、18年前の春の私の幼さが、今となっては眩しい。
あの時の私にはもう友達を続ける余力なんてなかったし、目の前に新しく広がる世界を前に、後ろで何もせずに突っ立ってる先輩に抱いてしまう嫌悪感と優越感を、もう隠し切る自信もなかった。
先輩、あの時、「お前もやっぱりそっち側か」とも思ったでしょ。
ああそうだよ。先輩はいつまでも気づいてくれなかったけど、私は先輩が思っているほど個性的でもなんでもない、ただの女の子だったんだよ。
本当は小難しい理屈も、回りくどい駆け引きも、全部全部どうでもよくて、くそくらえと思ってた。とにかく抱き締めてキスしてほしかった、血の通った女の子だった。
先輩、あの時はごめんね。
余計なお世話だけど、今は誰かを愛せているといいな。
そして愛されているといいな。
太っててもハゲててもいいから、どこかでそれなりに生きてるといいなぁ。
おわり。